写真が示す範囲と、説明が必要な範囲を分けましょう
写真には濡れた傘と空いた椅子が見えるかもしれません。しかし、誰がなぜ席を外したか、どれだけ待ったかまでは写真だけではわかりません。書き始めるときに、画面で確認できることと、自分の記憶で補うことを区別しましょう。写真がすべての状況を証明すると考えないことが出発点です。
編集例の『誰も来ず、寂しいカフェ』という文には、空いた椅子と書き手の解釈が含まれます。実際に一人で待ったなら、その事実と自分の気持ちを書けばよいのです。空いた椅子の写真だけを見て、当時の孤独を新しく作る必要はありません。
事実と感情を二つの文にしてみましょう
まずは『約束より早く着き、窓辺に座った』『待つ時間が長く感じられた』と分けてみましょう。前は何が起きたか、後は自分がどう経験したかを説明します。感情を消すのではなく、誰の感情かを明確にする方法です。
毎回事実・感情という小見出しを付ける必要はありません。慣れたら自然な文章につなげても構いません。『みんな退屈していた』より『私は退屈に感じた』と書けば、他人の気持ちまで判断せずに済みます。同席者の感情は、本人が話した範囲と自分の解釈を区別してください。
推測には、推測だとわかる言葉を添えましょう
古い写真では季節や出来事の順序が確かでないことがあります。『薄手の上着を着ているので、春頃だと思う』と根拠と推定の範囲を書けば大丈夫です。正確な日が不明なのに、カレンダーの空欄を埋めるため任意の日を確定しないでください。
『たぶん』『記憶では』『確認できなかった』は、記録を不完全にする言葉ではありません。後で別の写真やメモが見つかったとき、何を補うべきか教えてくれます。不確かな数値や地名は空けたまま、場面の別の手掛かりから残しても構いません。
会話は正確な引用と、記憶の要約を区別しましょう
友人の言葉を正確に覚えていなければ、引用符の中にそれらしい文を作らないでください。『また会おうという話をした』と、要点を自分の言葉で残せます。当時のメモがあり、実際の表現を写したなら、その手掛かりも短く書くとよいでしょう。
発言を記録したことは、公開してよいという意味ではありません。特に相手の事情がわかる言葉は、日記に必要な範囲か考えます。原文を残さず、話を聞いて自分がどんな選択をしたかに焦点を当てることもできます。相手の実名を必ず書かなければ記憶が残らないわけでもありません。
今の考えは、当時の考えを消さずに加えましょう
一か月後に同じ写真を見ると、当時とは違って感じることがあります。『もう二度としたくない』を今の前向きな感想にすべて置き換えると、考えが変わった過程が消えてしまいます。元の記録を残し、『今日見返すと』と新しい時点を示して補足する方法もあります。
事実の誤りに気付いたら、何を確認して直したかメモします。
新しい感想は追記した日付と一緒に書き、当時の感想と分けます。
自分と同行者の記憶が異なる場合は、無理に一つにしません。
ポゲムのメモを利用できますが、自動で変更履歴が保存されるとは考えないでください。
正確さを気にして、何も書けなくなる必要はありません
個人の日記は調査報告書ではないため、すべての文に証拠を付ける必要はありません。自分にとって大切なのは気持ちだけかもしれません。ただ、感情を事実のように見せず、知らないことを知っていると書かない程度の基準で十分です。確認が負担なら、今確かな一文から残しましょう。
たとえば『いつ行ったかは確かではないけれど、この景色を見ながら休みたいと思ったことは覚えている』と書けます。写真とメモが互いの空白を補うようにしましょう。すべての話を完結させるより、どこが記憶で、どこが現在の考えかを見分けられるようにすることが目的です。
よくある質問
個人の日記でも事実と感想を必ず分けますか?
堅い形式を守る必要はありません。ただ、読み返すときに確認した出来事と自分の解釈を区別できる表現を使うと、記録の背景が明確になります。
友人の言葉を正確に覚えていないときは?
実際の発言として引用せず、会話の主題を自分の言葉で要約しましょう。相手の私的な内容は、記録や共有に必要な範囲かも確認します。
昔の考えが変わったら原文を直すべきですか?
事実の誤りは訂正できますが、感想の変化は新しい日付とともに追記する方法もあります。当時と今の考えを両方残すか、目的に合わせて決めましょう。
